東京オリンピック、ミュンヘンオリンピックでは全日本柔道チームの強化合宿にも使われた歴史ある明治大学柔道場。道場は試合場がやっと1つとれる程の大きさで、通称「四畳半」と呼ばれたコーナーが隣接していた。初めて訪れた人は、その狭さに驚かされた。もともと大学の教室を柔道場に改造したものである。ここが数多くの名選手を世に輩出した明大柔道部のホームグランドである。

小川町校舎外観 現在は建直され「紫紺館」となっている

皇后杯を持つ阿武教子と天皇杯を持つ小川直也
平成8年5月 屋上にて本校旧記念館を背景に全日本選手権大会優勝の記念撮影

5階道場付近の階段 かなり磨り減っていた

道場入口
ルスカ、グラーン、チョチョシビリなど海外からの修行者も多数訪れた

フランスの柔道誌で世界で屈指の柔道場と賞賛された

時代を築いた若人達 (吉田秀彦、阿武教子、小川直也)

ミュンヘンオリンピックの年(昭和47年)は時差にあわせ、夜の7時から
岡野功監督率いる全日本柔道チームがここで稽古をしたこともある。




昭和35年 曽根康治と神永昭夫


畳に注目、昭和33年(1958年)当時は現在のようなビニール製ではなかった
三船久蔵師範、姿節雄師範、曽根康治OB、久米勝OB、三船芳郎OB(俳優三船敏郎の実弟)

渡辺政雄(前明柔会々会長)、百瀬恵夫(前柔道部々部長)、関勝治(明柔会々会長)
 
 
 
東京オリンピック前の明大道場における全日本合宿の風景
最上列右の写真中、時計の左側に東京オリンピックのポスターが掲げてある
 
 
 
 
 
 
1988年7月の稽古風景
石田輝也、吉田秀彦、小川直也の投げ込みと姿節雄師範の寝技の指導

昭和33年の全日本学生優勝大会優勝
前列左から、湯浅久雄、小林健児、徳山操、甲斐福男、富賀見真典、比嘉良幸、重松正成
後列左から、姿節雄、三船久蔵師範、小川登志雄、神永昭夫
写真左奥に、神田和夫、工藤欣一、曽根康治の姿も映っている

曽根康治と神永昭夫

祝辞を述べる百瀬恵夫柔道部々長 平成13年全日本学生優勝大会優勝





昭和33年5月曽根康治OBが全日本選手権獲得後初めて柔道場に稽古に来た際の記念写真
前列左の背広姿が八島輝徳、その右から姿節夫師範、曽根康治、葉山三郎(背広姿)


平成15年(2003年)10月7日、全国から最後の稽古に集ったOB達



平成15年(2003年)10月7日、小川町校舎取り壊しに伴い、お別れ会が催された


道場の窓から御茶ノ水方面の眺め
まだ旧校舎であった頃、良く本校記念館の屋上からトランペットの音が聞こえてきた

取り壊し工事着手 |